大地を踏む足音。楽しげな笑い声。隣をいくつもの頭が通り過ぎていく。子どもは元気だ。溜息、ではなくて苦笑する。
「やれやれ」
子どもは、元気だ。
しかしまあ、すべてがそうであるというわけではない。少なくとも自分は外で遊ぶよりも中で本でも読んでいるほうが好きだった。人付き合いが得意というわけでもなかったし。
外で元気に遊ぶ子ども、というものはあまり縁のないものだったはずなのに。
お目付役が離れるわけにもいかないので、かといって走るだけの元気、もとい気力もあるわけではなく、子どもたちの後をゆっくりと歩いていた。
ぱしん、と。私の手をとる者がいた。
「せんせい」
ふわふわと波打つ金髪が、光に輝く。薔薇色の頬。深い海のような碧色が、不安げに私を見上げていた。子どもたちの中でも一番小柄でおとなしい少女。
「ナティアナ」
名前を呼ぶと、表情がぱあっと明るくなる。
「どうしたの?」
普通にしていると、自分ではそんなつもりもないのに不愛想で怒っているようで怖い、らしいので、できるだけ表情を柔らかくして聞いてみる。いつもはあの輪の中で、控え目に笑っているのに。
「あのね、せんせいは、いつもひとりでしょう?」
笑って、言われても。いや、悪気がないことはわかるのだけれども、反応に困る。
というより、特にそういうつもりはないのだが。確かに他の教師に一線引いているところはあるが、まさか子どもにそれがわかるということもあるまい。
「だからね、今日はいっしょに遊びましょう?」
一考して。ああ、こういう時か、と思う。
確かに、他の教師がこうしてお目付役をやるときは、どちらかというと参加しているような気がする。
「リジェラがうん、って言うわけないじゃん」
「そうそう、ほらぁ、困ってるー」
いつの間にやら他の子どもたちまで私たちの周りに集まってきていた。親鳥に餌を強請る雛みたいだ。自分の発想に目眩がする。
「そんなことないもんっ!」
ねっ、と見上げられる。これはもう、同意するしかない。頷くと、ナティアナは嬉しそうに笑った。
神話や伝承の研究をして数年。知人の頼みで貴族の子どもたちが通う学校で教師を初めて一年足らず。
生身の人間は苦手なのだが。子どもなんてもってのほかで、間違って潰してしまいそうで怖い。……別に私が大柄だとかそういう話ではない。
「行こうっ」
小さな手に、手をひかれる。案外強い力だった。他の子どもたちも押したり引いたり、遠慮がない。様々なところに違う大きさの力がかかってうまく走れない。ああ、本当に潰してしまいそうだ。
自分で走るとも言えないまま、されるがままの私。まあ、元々押しに弱いのでこうなっているのだから、仕方がないと言えばそうなのだが。
「うわっ」
子どものうちのひとりが、転びかけたらしい。私が慌てて振り返るも、本人は気にも留めず走り続けている。周りの子たちもからかって笑っている。
しかし私は見た。校舎の中のとある窓。知人が満足そうに笑っていた。
「元凶はお前かっ」
思わず呟いて子どもたちがいることを思い出して青くなったが、あまりに声が低すぎてか、聞こえなかったようだ。何か言った、などと言って不思議そうにしている。
いや、使えるかもしれない。
「誰が、言いだしたの?」
「えー?」
ナティアナはふあふあ笑っている。とぼけているな、と確信を強める。考えるまでもなく、子どもたちの行動はあまりに唐突だった。まあ、糸を引いている人物は十中八九当たっているだろう。
「オルスティンだよっ」
「あー、内緒って言われたのにぃ」
とある男の子が口を滑らせて、女の子たちに咎められている。うん、やっぱりあいつか。証言は得た。
「大丈夫だよ、内緒にしておくから」
喧嘩になってもいけないし、笑ってそういうと、わぁっと一気に場が盛り上がる。なんだ?
「リジェラ、笑うとかわいいねぇ」
……はい?
かわいい、かわいい、と連呼される。だから私は親鳥でもないしかわいいは餌の名前じゃない。……だめだ、逃避してどうする。
しかしなだめ方がわからない。どうしたものかと思っていると、笑顔のナティアナに手をひかれた。
なんだろう、ああ、もうなんでもいいか。
「遊ぶんじゃなかったのか?」
嬉しそうな歓声。うん、雛どもは素直でいいな。
一度だけ振り返る。あの窓にもうあいつの姿はない。ふわりと目の前を白い何かが落ちていった。
溜息。何を言ったって、あいつには通じないんだろう。目を細めていると、子どもたちに体当たりされた。地味に痛い。
「よそ見しちゃだめっ」
「はいはい」
こういうのも、悪くないのかもしれない。少し私らしくないことを思ってみた。
花の都で十五題 「01. 眩しすぎる花びら、ひとつ。」
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